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受信メール 87
過去コラムログ
[件名]
闇よあれ
[本文]
「夜が怖くなくなってどれくらい立つだろう」
こんな書き出しでなにかを書こうと思ってもう何年にもなる。うちは小さい頃、本当に夜道というのが怖かった、住んでた所がまだ自然が多く残っていて、道のそばがすぐ山だったりしたので余計に怖かったのだと思う。友達の家で遊んでいて帰りそびれてるうちに日が暮れかけると明るいうちに帰りたくてそわそわした。
そんなうちも大きくなると別に夜道なんか全く怖くなくなり、夜も昼も関係ない生活を送るようになった。
夜を克服したのだ。
そう思ってた。だけどこないだ四国に行ってそれは間違いだと気づいた。やっぱり夜って怖い。
うちが行ってた四国の片田舎は街灯なんてほとんどなく、日が暮れるともう真っ暗なのだ、いわゆる、「鼻をつままれてもわからない」状況。釣りがしたかったので道具を買いに懐中電灯片手に海沿いの道を歩くはめになったのだけど半端でなく薄気味悪い。昼間に聞いたら気持ちの良い潮騒も夜に聞いたらなにか得たいの知れないものが岸から上がってくるんじゃないかと思わせる。もちろん人なんか歩いていない。真っ暗な道を懐中電灯の丸い明かりだけが照らしている、とにかく早く帰りたかった、子供の頃と同じように。
神戸に帰ってきてその夜の明るさに驚いた。そうか、うちが夜を克服したんじゃない、街が夜を克服したのだ。数えきらない街灯で道を照らし、輝くネオンで空を照らし、街から夜を消し去った。
これはやはりうちらが本質的に夜を恐れているからなんだろう。
なんで恐れるのか? 当たり前の話だけど夜は何も見えないからだと思う。
というかうちらの目が見えすぎるからなんだと思う。
人間の目はうちらが思ってる以上に出来が良い。正面についた目は距離を正確に測るし、広範囲を見渡せる。色彩も他の生物にくらべると鮮やかにこの世を映す。しかし他の感覚器官は目ほど優れてはいない。耳も鼻も大して利かないし。それもこれも目の出来がよすぎるのだ。そんな進化を遂げたうちらにとって失明はもっとも無力な状態と言える。目をつぶって全力疾走できるか? そこが安全な広場だと分かっていても出来ないと思う。耳が聞こえないのと目が見えないのだったら前者の方がましと考える人の方が多いと思う。護身用の武器は相手の目を狙うのもがほとんどである。
視力を急に奪われた暴漢がとっさにとる行動は体をかがめて頭を抱えるという。
目が見えなくても匂いはするし、音は聞こえる、風を感じることも出来るというのに、そんな亀のような防御姿勢を本能的に取ってしまうのだ。
そしてこんなうちらは事を口走ったりもする。
「この目でみるまでは信じられない」 「この目でみたんだから間違いない」
それほどまでにうちらは視力を信頼している。
そんなうちらが何も見えない夜を恐れるのは必然だ。だから懸命に灯かりを発明し夜から闇を駆逐していった。そして街には見えない夜はなくなり、見える夜ばかりになり、うちもこんな事がいえるようになった。
「夜が怖くなくなってどれくらい立つだろう」と。
夜がどんどん明るくなるのは、活動しやすくなるから歓迎すべきことだと思う。だけど少し心配になったりもする。蛍光灯の灯かりが煌々と部屋を照らし、外も星がかすむくらいの明るさになっていき、いつでも見える世界になるとうちらの感受性はどんどん衰えていくんじゃないかって思う。なまじすぐれた目を持つばかりに見えてさえいれば他の感覚はないがしろにされていく、そんな視覚だけに偏った世界は味気ないと思う。それに想像力も創造力も衰えていく。昔の人が見えない夜の闇に妖怪や神様を見たように、感覚が閉ざされた夜の闇の中でいろんな芸術だって発想だって生まれたに違いない。うちらだって夜中の方が勉強にしたってなんにしたって集中できた筈。真っ暗な部屋でモニターの明かりだけでテキストを書く管理人だってたくさんいる筈だ。
そんな風に夜の闇は感覚を研ぎ澄ませるにはうってつけだ、太陽はいやでも昇るだから、夜は闇を楽しんでみよう。恐れるばかりじゃなくて。
だからもし彼女が、「恥ずかしいから灯かり消して」とか言われても見えないとつまんないんだよ! なんて思わずに、そして彼氏が、「目隠しプレイしてみいへん」とどこで仕入れたのかそんな事をいいだしても、そんな馬鹿みたいな事しない! なんて突っぱねずに、視覚を閉じて感覚を研ぎ澄ましてみればいいのだと思います。
また違った世界が開けるかも知れないから。