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受信メール 83
過去コラムログ
[件名]
ごちそう
[本文]
最近美味しいものって食べました? なんかうちは、最近食べ物を食べて感動というのもした記憶がないのです。
例えば、「もうあなたは5分後に死にます、最後にいったい何を食べたいですか?」というクエスチョンを街角で受けたらいったいあなたはなんて答えます? こう考えたときこれといった食べ物がとっさに出てこない。
きっと物凄く悩んだあげく、結局答えが出ないから、
「あーーー、じゃあ、じゃがりこのサラダ味で」 とか答えてしまいそうです。
友達とかに、「ここの〇〇は美味しいよー」とか言われて一緒に食べても、やっぱりなんかぴんときません。美味しいやろー? という満面の笑みに、曖昧にああ、うん。としか答える事しかできません。これはうちが食べ物に対して頓着が無いというのもあるだろうけど、それ以前にうちは思うのだ。
「今の世の中、不味いもの探す方が難しいんじゃないのだろうか?」と。
つまりほとんど食べ物が及第点をあげてもいいレベルに達していて、極上品との格差が縮まっているんじゃないかと。こないだもとれとれぴちぴちのお刺身なんかを食べたけど、旅番組のリポーターみたいに大騒ぎするなんて気にはさらさらなりませんでした。ダイエー鮮魚館のパックの切り身とそんなに大差ないよなぁ、という感想を密かに抱いたりしてました。これはスーパーの切り身のレベルが上がっているまぎれも無い事実だと思うのです。うちの舌が馬鹿だからという訳では決してなさそうです。
どんどん進んでいく冷凍技術や流通システム、巨大資本による美味しいものを大量に安くという戦略、そいういうものによって、うちらの食卓のレベルは驚くほど高くなっていってるんじゃないかと思うのです。
普段の食べ物の美味しさレベルが7くらいにあがっていたとしたら、最高の10の食べ物を食べたって3くらいの感動しか得られません。それが昔だったらレベルが3とか4とかだったので、美味しいものを食べたときの感動もひとしおだったんじゃないのかなぁって思うのです。
大昔からくらべたらうちらの今の食卓は貴族や王族や殿様みたいな食事に違いない、十分に美味しいものに囲まれてしまったうちらにとってもう、「ご馳走」というものは存在しないのかも知れない。
だったらなんでみんなはどうして、あれが美味しいとか騒いだり、名店に並んだり、高いお金払ったりしてるんだろう? 美味しさのレベル差3を見分ける舌をみんなが持ってるとも思えないのに。
きっとみんな美味しいと思い込んでいるからなんじゃないかなって思う。ノリで美味しいって言っとけみたいなね。うちが思うに、本当に美味しいものを食べようと思ったら、3ヶ月くらい粟やさつまいもばっかり食べるような生活をしないといけないと思う。そういう努力をしないと今うちらは本当に美味しいものって感じることが出来ない体になっているから。どんなご馳走でも続けば慣れてきてしまう。本当に人間って欲深い生き物ですよね。