受信メール 68
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[件名]
研ぎ澄ませ

[本文]

最金CDを全然買っていません、気になるアーティストは何人かいるのです、「鬼束ちひろ」とか「ラブサイケデリコ」とか「ノーナリーブス」とか、欲しいなぁ、と思っているアルバムもいくつかあるのです、ホフディランのベストとか、本も全然買ってません、言葉に新しい刺激を促すために、活字を読み漁りたりという欲求はとてもあるのです、雑誌のレビューなんかをみて、興味をそそられるタイトルもいくつかあったりするのです。でも買わない。なぜかと言うと、めんどくさいから。本屋に行く、CD屋に行くのがめんどくさいという訳では無いのです。あのズラリと並んだ棚の中からお目当てのものをみつけるのがめんどくさいのです。いや、昔はその行為はめんどくさいものではなくむしろ楽しみだったのです、お気に入りの作家がなにか新刊だしてないかなぁ?とか思いながら本屋を巡るのはとても楽しいものだったのに、こんなにもめんどくさくなった原因はなにか? 
理由はわかっているのです。それはずばり、
目が悪くなったから!!
意味わかんないですか? つまり説明すると、視力が低下するにつれ、本棚やCD棚 につまっている本やCDたちのタイトルを読むのが困難になってきてしまったのだ。眉間にしわを寄せ顔を棚に近づけて物色するというのはとても難儀なのだ。ひとつの棚を見終わる頃にはもう活字おなかいっぱい。というありさまで、内容を吟味したりする元気がなくなってしまうのだ。で、いくにはいくが手ぶらで帰るという行為の繰り返しになってしまっているのだ。
メガネでもかければいいじゃん。という意見もあるでしょう。たしかにその通り、うちもなにもただ指をくわえて視力が落ちていくのを見ていた訳じゃないのです。メガネも購入したし、コンタクトも作ったりしてみた、メガネもコンタクトもそりゃ、素晴らしい。裸眼より景色の明度が5は上がる、くっきりする、こりゃいいわい。と思っていたのだけど、めがねはつるが耳にすれて、いたいいたいだし。コンタクトも合わなかったのか、一時間もすると目が乾燥して、いたいいたいだし。もうこんないたい思いをしてまで見たくない! とコンタクトもメガネもしなくなってしまったのだ。思えばこの頃からうちはものをちゃんと見ることを辞めてしまったように思う。どうせぼやけてしか見えないんだから、見なくても同じだ。というなんとも潔い理由で。だからうちはCDや本に限らず、いろんなものをとてもいい加減に見ている、このHPに誤字脱字が多いのも、「きちんとみてない」から。人の顔もきちんと見ない、昨日きた客の顔も憶えてないくらい。こんな自分をみんなはどう思うか? ただのずぼらやさんだと思うか? 確かににずぼらかもしれない。ずぼらだと言われれば言い返す言葉もない。でもうちは思うのだ、最近の人たちは目でものを見すぎると。TVで流れるものばかりみているから。姿や形に囚われすぎると肝心のものが見えなくなってしまうんじゃないのか? 視力を奪われると人は無力になってしまう、それくらい見る事は生きるうえで重要だけど、見えるものだけが真実じゃない。あなたが目は本当にものの本質を捉えているのかとうちは問いたい。だからあえて見るのやめていこうよ。もっと他の器官を研ぎ澄まして、手触りでにおいで空気の流れでにおいで全ての五感をふるに使って、そしてたまに六感までも持ち出して、ものの本質を見極める必要があるんじゃないのか? 見ることだけじゃ分からない世界がそこにはきっとあるはずだから。だから本屋であなたがおもしろそうな本を見つけたのなら、それを嗅いでみたり、ちょっと舐めてみたり、それで頬をたたいてみたりして、十分本質を見据えた上で買ってみる事をお勧めする。うちはめんどくさいのでやらないですが。

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