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[件名]
死体

[本文]

うちは人間でありながら、人間の死体というのをまだ一回しかみていない。その一回もおじちゃんの葬式のとき一回きりだ。
棺桶にはいったおじちゃんはきれいに化粧をされ周りには花がちりばれられ、なんだか、葬式コントみたいで込み上げる笑いをかみ殺すのに大変だった。ちなみに後ろにいた弟は殺しきれず笑っていた。棺桶にはいった死体というのは、死体ではあるのだけど、処理された死体なので、死体のリアル感というのに乏しいと思う。人体の不思議展に並んだ、プラスティック漬けの死体のようにどこか人工的に感じる。そう考えると実際に死体をみた事のある人なんて本当にごくごく僅かだと思う。 こんだけ人間が溢れかえってるのに、その死体をまったくみないなんて逆に不気味なように思うのだけど、もちろん人間が死んでない訳じゃないただうちらの目につかないよう迅速に処理されているだけなのだじゃあその処理前の死体をよくみる機会がある人たちと言えばすぐに考え付くのは医者。そして警察。そんなもんだろう。でもほんとのところ一番そういった機会がある職業というのは葬儀屋なんだそうだ。なにも死体は病院からでてきた、きれいなものばかりじゃない。こまぎれにされてたり、くずれてたり、焼かれたり、煮られたり、 乾いたり、そりゃいろいろだ。そんな死体たちはもちろん警察が鑑識するのだが、そのあとはすぐ、ずた袋にいれて葬儀屋さんにパスなんだそうだ。葬儀屋さんはその死体が棺桶にいれれるものかどうか判断しなくちゃならない。ぐちゃぐちゃだから窓のついてない棺桶にしなくちゃな。なんてことを決めなくちゃいけないんだそうだ。 あと電車の運転手なんかも死体に接する機会がある人たちだ。友達が地下鉄で働いているのだけど、彼の同僚が自殺者をひいてしまった事があるらしい。線路に横たわっての女子高生の自殺。死体は、ホーンディングさながら首と胴体が離れちゃったらしい。ジオングもびっくりだ。そんな死体をかたすのも彼ら職員の仕事のうちなのだ。そういったリアルな死体に触れる機会はうちらにはまず無いだろう。そんな事では死すらリアルに感じる事が出来なくなってしまう気がする。道端に死体が転がっていても死を体験してないうちらは素通りしてしまうんじゃないだろうか?  死をないがしろにして命の大切さを学ばしてもそれじゃあ片手落ちだ。まず子どもたちには死体を存分にみせてあげるべきだ。そうすれば少しは自殺も減るだろうに。

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